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ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

三学期の授業の目論見

Plan estrategikoa

昨日に引き続き、授業をぬるっとした感じで始めていますが…。

うーん…こちらにエンジンがかからないせいか、ぬるっとしている。

なんとなく、こんな方向にしようかなぁというのは思っているのですが。

地道に書いていく活動をやろう

一年間の総括だよなぁと思うと、今年一年のテーマだった「書くことを面倒がらない」を地道に求め続けていかないとなぁとつくづく思うのです。

生徒が今年の授業の振り返りとして書いてきているものに目を通してみても、書くことに自信をつけながらも、まだまだ練習が足りないと感じている様子があった。

文章を書くことは課題の内容設定や書かせたいレベルの見込みを間違えると、いっきにグダグダになるので、継続的に課題を考えていくことが結構キツイ。粘って書かせたい時期だけに、どうやって課題を設定していこうかが悩ましいところだ。 

学生を思考にいざなうレポート課題

学生を思考にいざなうレポート課題

 

この本のレポート課題についての議論の中心は、高等教育での授業設計を考えての本なので、授業にそのまま、とはいかない。

イメージとして自分の中には、「十分に時間を授業内で確保したい」「添削を頼りにさせるのではなく、相互評価を行うことでスキルを高めさせる」「複数回レポートをまとめることで、一発本番にさせない」ということを考えていきたい。

毎度のことではあるけど、教科書を無視できないという縛りがあるために、教科書の本文をどうにかそこにいれこまないといけないのが何とも窮屈……。

来年を見据えるのであれば

来年以降も指導できる可能性があることを踏まえて考えるのであれば、ここでは「どのように書くか」や「どんな書き方をするか」ということを自分自身で生み出して、形にしていく過程を、つまりはインベンションに関する事柄を指導していきたいなぁと感じる。

子どもたちは「何のために文章を書かされるかわからない」という経験を繰り返ししてきてしまっているので、本当に油断して「書いて出せ」とやると、中身のない薄っぺらいカルピス作文*1を量産される。

特に、「誰を相手に読ませる作文なのか」ということや「このテーマを書くことが必要だ」ということを自覚できるようなテーマを設定したい。自分にとって切実でもないことを取って繕うような作文に「まあ、量をちゃんと書いているからいいんじゃない」と安易に言われるのが苦痛なのです……。

幸い、今回の単元のテーマとしてはグローバリゼーションであるので、「テーマ」に対する生徒の関心は作りやすいんじゃないかなあと思う。これまでにディベートを生徒に取り組ませているので、ディベートを再び取り入れて、今度はディベートをもとにしてレポートを書くという構成もできるよね、と思う*2

何をしても…

根強く、生徒の方からチョーク&トークで授業をやってほしいという意見はあるんだよね…。

それは入試に対して何か対策しろという主張でもあるし、板書を書かないと授業を受けた気がしないという気持ちやテスト勉強の仕方がわからないから板書してくれという意見なのだよね……。

普通の授業をやるのは簡単なんだが……。

*1:水増しされて中身は薄いことの比喩。

*2:たとえば「〈プロジェクト研究〉 中高6カ年を通じた「書くこと」の指導法の開発」『筑波大学附属駒場論集』 51 pp.3-10で簡単に書かれていることのイメージを自分の教室に合わせていくようなイメージで

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