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ならずものになろう

少しは教育について話してみたくなりました。書き続けて考え続けてみたい。

ライティング・ワークショップの振り返り その3

Writer

今日は視点を変えて生徒の作品についての覚書。

生徒たちにはDropboxを通して原稿を提出してもらいました。この冬休みに評価を行いつつ、業者で製本をしてもらうために校閲をしています。

とにかく作品が面白い

上意下達で与えた課題ではあったけれども、比較的、縛りを自由に書いてもらったこともあって、生徒一人一人の個性が見えていて非常に面白い。

「行事作文」や「課題作文」がつまらないものになっていることからすれば、これだけ自由闊達に文章を書いていることに教えて冥利に尽きるものがある。

自分が今まで書かせてきた作文を見返してみても、どうしても「型にはまった」書き方をされることが多かったのだが、今回は生徒とのカンファレンスで一人一人の書きたいことを引き出したり、生徒の個人的な思いや体験を引き出したりすることで、書きあがってきた作文も個性的なものが揃ったように思う。

逆に言えば、本当に生徒の個性や書きたいことを書かせようとするのであれば、ここまで手をかけないといけないんだと改めて思わされる。

安心できる場で書かせるということ

どうしても、教える側としては、「個性的な作文」や「型にはまっていない作文」を期待してしまうが、そのような個性的な作文を書くのは生徒にとっては大きな挑戦であるということを忘れてはならないと感じる。個性的な作文は生徒自身の人格と結びついているからこそ安心できる場所があり、生徒と教員の間で信頼感がなければならない。

例えば、今回提出してもらった作文の中には「校則なんて意味がない」とか「提出物で生徒を縛るな」(婉曲的にしました)のような「学校としてどうなのか」と思うような内容も書かれていたりする。

でも、そのような内容についても、別に生徒としては「学校に対して不満を表明してやろう」というようなアナーキズムで書いているわけではなく、より読み手が読んでいてひきつけられるような文章を書こうとする工夫の中で出てきた内容だ。

そのような内容でも「こう書けば意図を勘違いされないで伝わるよね」というような会話をしてきたからこそ、最終稿にも残った表現であるし、教員に見せるものとしてはかなり子どもとしてはチャレンジしている。そんな文脈を無視して「こんな内容を書いて仕方ない奴だ」と上から言われてしまっては、子どもは二度と書かなくなってしまうように思う。

自由に書かせるための条件

今回のWWで生徒にとって挑戦であったのが、「自分でテーマを決めて、自分で題材を選び、自分で満足いく文章を書く」という条件だ。

生徒が今まで経験してきた作文は教員から書くべきテーマを決められ、どのくらい書くのかも文字数で縛られており、自分で決める余地はほとんど与えられていなかった。まあ、言うなれば添削の処理のために、教員が都合の良いものを都合の良い分量で指示しているに過ぎないわけだ。

だからこそ、「自由に書く」ということを大切にして、生徒にWWに取り組んでほしいと思ったが、一方で自由であればあるほど、「何を書いたらいいか」「どう書いたらいいか」がわからないという状況に陥る。

今回は「古典でエッセイを書く」ということで、題材とジャンルは縛ったが、それ以外の題材や表現の仕方は一切を生徒の自由に委ねた。

結果的には「古典」という題材の難しさはあったものの、このくらいの縛りを課すことによって、生徒としてはどこから作業をしたらいいかということについてはやりやすくなったように思う。

本当は全部任せてしまって自由に書いてもらうのがいいんだろうけど、ゼロから考えて書くのはやはり簡単ではない。特に、高校生にもなると「自由に」のハードルが高い。

このライティング・ワークショップのために、年間を通して、ことあるたびに「物語を書く」ということや「小論文を書く」ということや「短歌を作る」ということを継続的に行ってきたが、このような下準備も意味があったらしく、生徒はノートを見直しながら、文章を書いていたのも印象的だった。

良い作品だからこそ製本したい

今回、生徒が書いてくれた作品はどれも個性があって面白い。

だからこそ、ちゃんとお金をかけた形で、しっかりと保存の効く作品を残したいと思っている。そこで、今回は業者に注文しようと思っている。

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お金がないので自腹だから十冊くらいしか作れないけど…

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